本物の感動を呼ぶ「ビオ」のワイン

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シャトー・ル・ピュイ。このワインは日本での流通量は多くなく、店頭で見かけるチャンスはあまり多くありません。それでも、このワインをここで取り上げる理由は2つです。
まず、このワインは、私自身がこれまで飲んだ中で、本当に感動した数本のうちの1本であること。その香りと味わいは「これがボルドー?」という疑問を呼び起こし、しかし、我に返った後にも「でも、ブルゴーニュとも違う。もちろん、ローヌでもない……」と、深い迷路に入り込んでいくような、そんなワインです。香りは熟した赤いフルーツ、焼いたアーモンド、森のキノコ……さまざまな表現はありますが、一言で表現するならば「繊細の極限」と私は言います。そして喉を通り過ぎる瞬間、ミネラルの味わいが体中を貫いていくのです。こんなワイン体験は、そう多くのワインでできるものではありません。
そして、最近は皆さんもよく耳にする「ビオ」、つまりビオディナミ農法・製法(以下ビオディナミ)と有機栽培法のワインについて説明するには、最適と判断したからです。よく「ビオワイン」と日本では言われていますが、私が見る限り、有機栽培法とビオディナミ農法は特に区別されることなく、両方を含んでいるように思います。とはいえ、この2つは「似て非なるもの」なのです。
シャトー・ル・ピュイは1610年に設立された歴史ある造り手であり、1934年から既に、ブドウの有機栽培に完全移行し、また、1990年にはビオディナミによるワインのリリースも始めました。その取り組みの歴史を見ながら、ビオディナミと有機栽培法の違いに言及していきます。
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サン・テミリオン地区と地続きの要注目のエリア
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私がシャトー・ル・ピュイを訪問したのは、2005年の春に遡ります。試飲会で現在のシャトー・ル・ピュイの当主であるジャン・ピエール・アモロー氏と出会い、たまたまフランスへの旅行が決まっていたこともあり、寛大にもシャトーを訪問するチャンスをいただきました。
シャトー・ル・ピュイはボルドー右岸の東側、サン・テミリオン地区の北東に位置するコート・ド・フラン地区にあります。ボルドーの右岸で言えば、サン・テミリオン地区やポムロール地区のワインが有名ですが、その名声の影に隠れてしまっているものの、コート・ド・フラン地区は、非常にポテンシャルの高いワインが産出されるエリアの一つです。今後、注目を浴びる可能性が高いと私は見ています。
さて、シャトー・ル・ピュイの土地は、秀逸なワインを生み出すサン・テミリオン地区やポムロール地区と地続きにあり、石灰質や石灰粘土質で覆われています。ですからシャトー・ル・ピュイのワインで使用される赤ワイン用の品種は、サン・テミリオン地区やポムロール地区と同様、メルロ主体で、約85%を占めるといいます。そのほか、カベルネ・ソーヴィニヨン14%、1%のカルメネールが加えられているそうです。
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雑草も自然の恵み。農薬、除草剤などを使用しない
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シャトー・ル・ピュイで造られる赤ワインは、シャトー名と同じ名を持つ「シャトー・ル・ピュイ(Chateau le Puy)」と「バルテレミ(Bartelemy)」の2種類。前者が有機栽培法で、後者はビオディナミ農法をとっています。
まずは、有機栽培法についてお話しします。これは、いわゆる日本で言われる有機栽培と同じで、農薬や除草剤、化学肥料を使用しない農法です。有機栽培で造られたワインを、オーガニックワインと呼ぶこともあります。フランスでは有機栽培で造られたワインを認定する団体として、1962年にはl’Association Nature et Progres、88年頃にはECOCERTが設立されており、その意識の高さに驚かされるばかりです。
しかし、シャトー・ル・ピュイはといえば、こうした団体の認定を受けているのはもちろん、その取り組みは、既述の通り、このシャトーの当主であるアモロー家がこの土地に移り住んだ、1610年に遡るといいます。そして、1934年にはすべてのワインを完全な有機栽培に移行しています。有機栽培法はいわば、シャトー・ル・ピュイのDNAと言えるかもしれません。
シャトー・ル・ピュイの畑を見てみましょう。畑の畝には、雑草が生い茂っています。このように、有機栽培においては除草剤を使用せず、土を雑草ごと掘り起こして堆肥にしていたりします。「雑草も自然の恵み」とアモロー氏がおっしゃっていたのが、とても印象的でした。
このような健全な畑で育つブドウの平均樹齢は55年。大地にしっかりと根を下ろし、土壌の深いところから、ミネラル分をしっかりと吸い取り、豊かな味わいをもたらします。
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ビオディナミは「古代農業への回帰」
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では、一方のビオディナミはどうでしょうか。これも農薬や除草剤、化学肥料を使用しないという点では有機栽培と同じですが、より厳格な規制に縛られているのがこの農法です。そもそもは旧オーストリア帝国出身のルドルフ・シュタイナー氏が提唱した農法であり、この農法による果実で造られたビオディナミのワイン製法は、ロワール地方の著名な造り手、ニコラ・ジョリー氏によって世界中に広められました。その神髄は、なかなか簡単には説明できませんが、その大枠だけ挙げると、
‐土壌の有機生物を殺すなど、土壌やブドウに悪影響を与える化学調剤を一切使用しない
‐天体の動きの作用を、ブドウ栽培に取り入れる
‐雌牛の糞や津野などを使用した、独特の調剤を使用する
‐酵母の再添加を行わない
‐補糖を行わない
……などなどです。
よくわからない点はたくさんありますが、農法そのものは「古代農業への回帰」を前提としています。月の満ち欠けを暦として、化学調剤などもちろんなく、身の回りにある自然の力を活用した農業です。ワイン造りにおいては、ブドウ、そしてワインを宇宙や自然の一部ととらえ、その法則に逆らわず、悪影響を及ぼすものを排除し、宇宙や自然の恵をワインの中に凝縮させていく農法、製法、と考えればいいのではないでしょうか。
例えば、農薬など化学調剤を使用してブドウを栽培する場合、ブドウに付く自然の酵母が殺されてしまっているため、発酵を促すには酵母を再添加しなければなりません。また、より多くの人に好まれる香りを付けるために芳香性の酵母を加えたり、収穫されたブドウの糖度が低く、アルコール度数が足りない場合は補糖を行うこともあります。このような人為的な「操作」を、ビオディナミでは禁じているのです。
シャトー・ル・ピュイにおいて、このビオディナミを厳格に実施しているのが「バルテレミ」です。醸造所の近くには、コンピュータにつながれた天体観測を行う機械が設置されていました。フランス語のスキルが足りず、詳しい名称や説明は理解できませんでしたが、どうやらこれによって天体の動きを観測し、ブドウを摘む時期などを決めているようでした。
また、醸造所や畑の周囲は樹木が生い茂り、小川が流れる丘陵があります。できるだけ自然の状態でのブドウ栽培を行うため、50ヘクタールの土地のうちの半分25ヘクタールは畑にせず、森林のまま残してあります。ここには数頭の牛が、のんびりと草を食んでいました。この牛たちから、畑に撒く有機肥料は作られています。
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一貫した哲学、丁寧な仕事にこそ注目すべき
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さて、シャトー・ル・ピュイを通じて、有機栽培法とビオディナミの違いを説明してきましたが、実際にどれだけワインに差がでるのかというと、正直よく分かりません。私が初めて飲んで、感動を味わったのは、「バルテレミ」ではなく「シャトー・ル・ピュイ」でした。その後、「バルテレミ」も何度も飲む機会があり、確かにその味わいと香りの凝縮感では「バルテレミ」が上回っているものの、その繊細さにおいては「シャトー・ル・ピュイ」のほうがより勝っていると、私自身は感じます。
ですから、私は決してビオディナミ礼賛、有機栽培礼賛の立場を取りません。この2つの方法で造られたすべてのワインが、すばらしくおいしいかというと、そうとも言えないからです。
その栽培法、製法をどう呼ぶかという問題ではなく、シャトー・ル・ピュイのそのワイン造りに、頑固なまでに「丁寧な仕事」が貫かれていることに注目すべきです。有機、ビオディナミの農法、製法の実践はもとより、ブドウの収穫はすべて手摘みで行われ、数回にわたって非常に厳しいブドウの選別が行われます。「シャトー・ル・ピュイ」のみ酸化防止剤(SO2)を使用しますが、それもごくごく限られた量に留め、自然のままを保つ努力がなされています。あえてワインがしみ込んだ古い樽を使用し、毎週、熟成度を見るために試飲されます。そして瓶詰めにおいては、より外界の異物からワインを守るために、コルク栓を蝋で封印します。
このように、その「丁寧さ」は枚挙にいとまがありません。これらはすべて、彼らの一貫したワイン造りの哲学を礎としたものであり、その哲学がワインとなって体現され、飲む者の感動を呼ぶのだと思います。有機栽培、ビオディナミは、彼らの哲学のほんの一部にすぎないのです。
シャトー・ル・ピュイ以外にも、ビオディナミ、有機栽培法をとる著名な生産者はたくさんいます。アルザス地方のマルセル・ダイス、ブルゴーニュのドメーヌ・ルロワ、ドメーヌ・ルフレーブ、フィリップ・パカレ、ロワールのニコラ・ジョリー……。有機かビオディナミかという議論ではなく、彼らのワインもまた素晴らしく、飲む価値は大きいと思います。
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温かい思い出とともにセラーに眠る
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セラーで今、眠り続けているシャトー・ル・ピュイのうち、「お宝」は2000年のマグナムボトル。これはシャトーを訪れた際、アモロー氏が「記念に」とくださったワインです。サン・テミリオン村に投宿していた私をホテルまで送り迎えしていただき、つたないフランス語を一生懸命理解しようと努力し、畑や醸造の説明を平易な言葉でしてくださいました。また、夕食には土地のすばらしい料理とワインをごちそうしていただきました。
こうしたアモロー氏との温かい思い出とともに、いつか蝋の封印が解かれる日をまっています。
*シャトー・ル・ピュイよりいただいた資料を参考文献としています。
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